「関係人口」と「交流人口」の違いは何?(瀬戸内の関係人口である僕ナリの3つの視点)

世の一般概念としての「関係人口」と「交流人口」の違い

まず、「交流人口」については、ほぼ「観光客」「一見さん」といった意味で確定だと思います。この点にあまり議論は起きていないように思います。

一方で「関係人口」の定義は本当に様々な議論がある状況だと思います。

僕なりに気になりこれまで調べてきた中で特に影響力が大きいと思われる発信者を取り上げます。

まずは、最も影響力があると思われる総務省が運営する「関係人口ポータル」からその定義の違いを見ていきたいと思います。

総務省が定義する「関係人口」と「交流人口」の違い

「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。

総務省「関係人口ポータルサイト」
総務省による「関係人口」の定義

「現状の地域との関わりの強さ」と「地域との関わりへの想い」の2軸で説明しています。

定住人口(移住する・している人)を除けば、その違いは「関わり・想い」共に弱ければ「交流人口」(≒観光客)、強ければ「関係人口」(但し移住はしていない)ということになります。

少しわかりにくいので、「関係人口」という言葉を使い始めたと言われるソトコト編集長指出さんの説明を見てみましょう。

ソトコト編集長指出一正氏の「関係人口」

僕は「まちを幸せにしたい」と思っています。そこで提案しているのが「関係人口」という言葉です。

2016年に発行した僕の著書『ぼくらは地方で幸せを見つける』(ポプラ社)でも、この言葉について徹底的に書きました。これからは移住でも定住でもない、観光でもない新しい人の流れが生まれ、それを支えていくことが地域のアイデアになると提唱しました。

「ソトコト」編集長が語る、まちを幸せにするための「関係人口」の増やしかた

指出氏の書には是非触れて頂きたいと思います。上記の書にも様々な具体的な事例が満載です。

但し、アマゾンのレビューにも書かれているのですが「少し軽い」という感想があるのも事実です。

あくまで、ソトコト流ということかもしれませんが、「真面目に考えすぎると義務になり・・続かない」といった主張もされていますので、この点は理解できます。

また、ソトコトでは合本「関係人口入門」という初心者?向けのムック本的な雑誌も出されています。気軽に読めるのでこちらもおすすめです。

一方で僕は、都市圏の中年サラリーマンの皆さんにはより深く経済的な結びつきを重視する「関係人口」になることをおススメしています。

これは都市圏の住民である僕らの幸せも見つけなければならないと思うからです。

これは、「東北食べる通信」の高橋博之氏の「関係人口」の考え方にも近いのでご紹介します。

「東北食べる通信」高橋博之氏の「関係人口」

どれだけ働けども、どれだけ収入が増えようとも、生きる喜びや生きる実感、生きる意味といった「生」への手ごたえを感じられない。この「リアリティの喪失」こそが、成熟した消費社会に立ち現れた化け物の正体である。

この化け物は退治することができない。共存する道を探ることこそが、その答えだと思っている。

頭脳と身体、都会と田舎、人口と自然、意識と無意識、西洋と東洋のバランスを図ることに他ならない。

前者に極端に偏っている今日の世界、私たちの生き方を、後者に寄せることで、前者の世界は後者の世界に上書きされていく。

元々あったものを否定せず、積み重ねる。

「都市と地方をかきまぜる ~「食べる通信」の奇跡~

高橋氏はもともと岩手県議会議員であり、岩手県知事選挙にも出馬されたことがある「元」政治家である。

現在は、政治家は卒業され、「事業家」として地方と都市を「食」を触媒に行き来し、都市住民の救済と疲弊する地方を繋ぐことに取り組まれている。

指出氏の著書は「地方目線」で語られている。高橋氏はより「都市住民」目線で語られていると感じる。

都市圏で働く中年サラリーマンの「何か足りない」「このまま終わってしまうのも物足りない・・」といったもやもやした想いを、元政治家ららしく「腹落ちよく」言語化してくれている。

「関係人口」という言葉は一言も出てこないが、まさに「関係人口」ど真ん中の「関わり方」を提唱されている。

関連記事

都市と地方をかきまぜる~「食べる通信」の奇跡~ 高橋博之 著 光文社 2016年8月 地方創生を「苦しい地方をなんとかする」という観点だけでなく、「行き詰っている都市も救済する」という新たな気づき 「地方創生[…]

地方に対する「想いと責任」の違い

さて、ここからは瀬戸内の周防大島の関係人口である僕ナリに感じている・考えている違いを述べたいと思います。

まず僕は、瀬戸内にある小さなジャム屋でWEBマーケターとしてお手伝いをはじめて1年以上になります。

毎日島のジャム屋の売り上げを確認し、週に何度かは店主とオンライン・オフラインでやり取りをしています。3か月に1回程度、現地まででかけます。

不思議とこの生活を続けている中で、確実に僕の中で周防大島という小さな島に対する「想いと責任」が芽生え始めたのを感じています。

そしてこのことが、「交流人口」との最大の違いだと考えます。

地域に対する「想い」とは

結論から言うと、地域の「負」の部分が目に付く・気になること、またそれに対し「心がざわつく」といった感情を、僕ナリに「想い」と表現しています。

観光にでかけたとします。(交流人口ですね)

確かに、景観がイマイチだったり、看板が汚れたままだったり、空き家が目立ったり、、という光景を目にすることがあります。

しかし、それを見て「もっときれいにすればよいのに」「外国の方が多いから、英語も書いておけばいいのに」と思うことはありますが、「心がざわつく」ことはありません。

一方、周防大島で同じ光景を目にしたとします。

僕は「この看板をきれいにするには誰に言えばいいのだろう」「英語を書いておくには翻訳をして・・結構大変かもな」「こんなことでは周防大島に来た人ががっかりしてしまう・・」と、心がざわつくのです。

つまり、僕は周防大島のバーチャルな住民であることを実感します。

当事者意識の持ちようが全く違うのです。これが「関係人口」と「交流人口」の違いだと考えます。

地域に対する「責任」とは

上記の「想い」でほぼ語ってしまいましたが、地域に対する「責任」が関係人口にはあると思います。

看板を「もっときれいにすればいいのに」と思って終わるのか、「もっときれいにするにはどうすればいいのか」と当事者意識を持ち考える違いです。

都市圏の大企業の一般社員とマネジメントのような違いとも感じます。

一般社員は愚痴を言っていることは許されると思います。極端に言えば「雇われの身」です。

一方、マネジメントは「結果責任」が伴います。「看板をきれいにする」責任があるのです。

僕は都市圏の中年サラリーマンであれ、実はこういう「責任を持ったかかわり方」を理解できるのではないかと考えています。

社会人になりたての若い人ではなかなか難しいと思います。若い人は「自分のやりたいこと」がどうしても先に立ってしまいます。

都市圏の中年サラリーマンが「関係人口」として地方で副業する方法を解説していますので、是非ご覧ください。

関連記事

こんにちは。あみじょんです。ご来訪ありがとうございます。 「地方やふるさとに帰郷やUターン移住はできないが、何らかの形で貢献できないだろうか?」 「せっかく副業するのであれば、感謝され、日本のためになる活動がしたい」 「その具体的な方法が知[…]

地方で副業するためのアクション

地域に「求める」ものの違い

地域に何を求めているのか、によってもその違いを明確にすることができると思います。

「自分の満足」を求める「交流人口」

「交流人口」の最大のポイントは「自分の満足」が価値基準であることだと考えます。

僕は、「周防大島の関係人口である」という自覚はありますが、年に何度かでかける国内の温泉地には「関係人口である」という感覚は全くありません。

ただ日ごろの疲れを癒しにその時々で気になった温泉地にでかけ数泊して帰ってくる、という「交流」の仕方も、ある意味、地方への貢献という文脈ではそうなのだと思います。

ただ、前提として「自分がゆっくりできるか」という満足度が非常に重要です。

ので、もし温泉地に自然災害が発生したとして、また経済的な苦境に立たされることがあるとして、僕は「今は行かない方がいいかな、迷惑がかかる」と考え、出かけるのをやめるだけです。

一方、これらと「真逆」ともいえるのが「関係人口」だと思います。

「地域の満足」を求める「関係人口」

僕は常に「小さなジャム屋さん、周防大島、瀬戸内」の方々に満足いただけているのか、自分は価値を提供できているのか、なにがしかの貢献ができているのか・・と考えてしまいます。

もちろん、副業・兼業として関係しているということがあるとは思いますが、それを抜きにしても、やはり地域の実情を知り継続的に関わると、人としての「想い」が生まれます。

もし自然災害が発生したとして、また経済的な苦境に立たされることがあるとして、僕は「何とかして力になる方法は無いか?現地に行った方が良いのではないか」と考え、実際には出かけられなかったとしても「なんとか力になりたい。行けるものなら行きたい」と考えます。

まとめ:「関係人口」と「交流人口」の違いは、「愛」と「恋」の違い。「関係人口」とは「相手本位」。「交流人口」とは「自分本位」

突然ですが、この記事を書きながら美輪明宏さんの恋愛観に関する名言を思いだしました。

「関係人口」と「交流人口」の違いに近いので、最後にご紹介したいと思います。

恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの。

「何かしてあげる」と自分勝手な愛情を押し付けるのは自分がかわいいだけ。本当の愛は見返りを求めない無償の愛。

美輪明宏

まさに「関係人口」というのは相手本位なもの。「責任」が伴うべきものであると考えています。「見返りを求めない無償の愛」というのは「経済合理性だけでは説明できない」意と理解できるのではないでしょうか。

交流人口が悪くて関係人口が良い、と言いたいわけではありません。

交流人口としての入り口から関係人口となり、最終的には移住する、というケースもあると思います。

ただ、交流人口から関係人口へと地方へのかかわり方を深める僕のような人が多くなれば、間違いなく日本全体が真の豊かさを手にすることができると思います。

もちろん、都市圏に住む多くの中年サラリーマンにとってもです。

ご参考になれば幸いです。

僕は都市圏の中年サラリーマンであれ、実はこういう「責任を持ったかかわり方」を理解できるのではないかと考えています。

社会人になりたての若い人ではなかなか難しいと思います。若い人は「自分のやりたいこと」がどうしても先に立ってしまいます。

都市圏の中年サラリーマンが「関係人口」として地方で副業する方法を解説していますので、是非ご覧ください。

関連記事

こんにちは。あみじょんです。ご来訪ありがとうございます。 「地方やふるさとに帰郷やUターン移住はできないが、何らかの形で貢献できないだろうか?」 「せっかく副業するのであれば、感謝され、日本のためになる活動がしたい」 「その具体的な方法が知[…]

地方で副業するためのアクション



最新情報をチェックしよう!